「知る」ことは「感じる」ことの半分も重要ではない

このタイトルを見て、もうご存知の方もいるかもしれません。

レイチェル・カーソン「センス・オフ・ワンダー」からの言葉。

-私はこの言葉に撃たれました。

レイチェル・カーソンは 「沈黙の春」の著者です。

 

Atem-tonus-tonのレッスンでは、レッスンを書面で記録することを

特に、Maria Hoeller先生は好ましく思っていませんでした。

私は初めはその事がよくわかっていませんでした。

レッスンの内容を記録しても、結局のところ

その時のレッスンの内容を記録したものを

再度行ってみたところで再現できるものは多くない。

なぜなら、一度やっただけでは体が覚えていないのですね。

体が覚えるまで、何かを感じる、体感するまでは

本当の「覚えている」とは言えない事が数年後にやっと

気付きました。

 

 

画像の帯には

「子供たちへの一番大切なおくりもの」と記載があるにも関わらず

とっくのとおに成人した私は「感じる」を

大事に日々過ごすように意識をしています(笑)

日本は最近は少しずれがありますが「四季」があるので、

本来「感じる」を無意識の内に可能にすることができる人種なのでは?

とも思います。有難い!

では、今日はこのあたりで。

 

レイチェル・カーソン著 「センス・オブ・ワンダー(The Sence of Wonder)」

ISBN 978-4-10-519702-5

 

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